古くから世界各地で薬草は利用されてきました。しかし近年では、植物に含まれる有効成分を科学的な視点から研究し、健康維持に役立てる植物療法が広く実践されています。
その代表的なものが、ヨーロッパで発展した「フィトセラピー(Phytotherapy)」です。
フィトセラピーは伝統的な薬草の知恵を受け継ぎながら、植物学や薬学などの研究成果も取り入れた現代的な植物療法として発展してきました。
今回は、フィトセラピーの考え方や歴史、利用方法についてご紹介します。
目次
・【1】フィトセラピーとは?
・【2】ヨーロッパで発展した植物療法
・【3】フィトセラピーで利用される植物
・【4】現代に受け継がれるフィトセラピー
【1】フィトセラピーとは?
フィトセラピー(Phytotherapy)は、植物に含まれる成分を健康維持やセルフケアに活用する植物療法です。
「Phyto(植物)」と「Therapy(療法)」を組み合わせた言葉で、フランス語では「フィトテラピー(Phytothérapie)」とも呼ばれます。
薬草を経験的に利用してきた伝統的な知識に加え、植物の成分や品質、安全性などを科学的に評価しながら活用することが特徴です。
<1-1>薬草学との違い
薬草学は、薬用植物の種類や特徴、栽培方法、採取時期、利用法などを幅広く学ぶ学問です。
一方、フィトセラピーは、そうした植物の知識をもとに、植物に含まれる成分や働きを理解し、実際の暮らしや健康維持に活用する考え方です。
薬草学が「植物を知る学問」なら、フィトセラピーは「植物の力をどう活用するか」と考えると分かりやすいでしょう。
ここで、植物の成分が私たちの暮らしに生かされている身近な例を見てみましょう。
コラム|天然の虫よけ植物「除虫菊」と蚊取り線香
「植物の成分を利用する」と聞くと、ハーブティーや薬草茶などを思い浮かべるかもしれません。
しかし、植物にはさまざまな働きがあり、その成分は健康分野だけでなく、暮らしの中でも利用されてきました。
その代表例の一つが、「除虫菊(じょちゅうぎく)」です。
除虫菊の花には、昆虫の神経に作用するピレトリンという成分が含まれています。
この性質を利用して、昔から虫よけや害虫対策に使われてきました。
そして、この天然のピレトリンを研究することで、現在の家庭用殺虫剤などにも使われているピレスロイド系殺虫成分が開発されました。
植物を観察し、その中にどのような成分が含まれ、どのような働きをするのかを研究し、私たちの暮らしに役立てていく。
こうした「植物の性質を知り、活用する」という視点は、現代の植物療法を理解するうえでも興味深い例です。
除虫菊は、19世紀にクロアチアから日本へ伝わり、その後、日本の蚊取り線香の誕生にもつながっていきます。
「薬草」と聞いてイメージする植物とは少し違いますが、植物の持つ成分や性質を知り、それを人の暮らしに生かしてきたという点で、植物の力を活用する文化を考えるきっかけになる植物です。
👉【関連記事】除虫菊と蚊取り線香|クロアチアから日本へ伝わった天然の虫よけ植物
【2】ヨーロッパで発展した植物療法
ヨーロッパでは古代ギリシャ・ローマ時代から薬草が利用されてきました。
中世には修道院で薬草園が整備され、修道士たちによって植物利用の知識が受け継がれます。
その後、植物学や薬学の発展とともに、植物成分の研究が進み、20世紀になると「フィトセラピー」という考え方が広く普及しました。
現在では、伝統的な知識と科学的研究を組み合わせた植物療法として、多くの国で親しまれています。
<2-1>フランス・ドイツを中心に発展
フィトセラピーは特にフランスやドイツで発展しました。
フランスでは医師や薬剤師が植物療法を学び、植物由来の製剤が医療やセルフケアに活用されています。
ドイツでは薬用植物に関する研究が盛んに行われ、品質や有効性、安全性の評価が進められてきました。
こうした取り組みは、現在のヨーロッパにおける植物療法の基盤となっています。
【3】フィトセラピーで利用される植物
フィトセラピーでは、さまざまな薬用植物が利用されています。
代表的なものには、
などがあります。
植物はハーブティーだけでなく、チンキ、浸出油(インフューズドオイル)、クリーム、軟膏など、目的に応じたさまざまな形で利用されています。
※詳しくは各植物の記事をご覧ください。
【4】植物の知恵が現代医学を変えた?
フィトセラピーを知るうえで興味深いのが、植物と現代医学の関係です。
昔から利用されてきた植物には、さまざまな成分が含まれています。近代になると、それらの成分や働きが科学的に研究され、医薬品などに活用されるようになりました。
ここでは、その代表的な例を見てみましょう。
<4-1>除虫菊|天然の殺虫成分から蚊取り線香へ
「植物の力」と聞くと、ハーブティーや薬草を思い浮かべるかもしれません。
しかし、植物の成分は、健康だけでなく虫よけや害虫対策にも利用されてきました。
その代表が「除虫菊(じょちゅうぎく)」です。
除虫菊の花には、昆虫の神経系に作用するピレトリンという成分が含まれています。
原産地の一つであるダルマチア地方、現在のクロアチア周辺では、古くから虫よけなどに利用され、19世紀後半には日本にも伝わりました。
その後、天然のピレトリンをもとにピレスロイド系殺虫成分が開発され、現在の家庭用殺虫剤などにも利用されています。
👉【関連記事】除虫菊と蚊取り線香|クロアチアから日本へ伝わった天然の虫よけ植物
<4-2>ヤナギ|痛みを和らげる植物からアスピリンへ
古くから、ヤナギの樹皮は痛みや発熱などに利用されてきました。
ヤナギの樹皮などに含まれるサリシンという成分が、その後の医薬品研究につながります。
植物をそのまま利用するのではなく、成分を取り出して性質を調べ、さらに化学的に改良する。
その先に誕生したのが、現在でも広く知られている「アスピリン(アセチルサリチル酸)」です。
1897年、ドイツのバイエル社でフェリックス・ホフマンがアセチルサリチル酸を合成しました。
<4-3>キナ|南米の薬草からマラリア治療薬へ
南米アンデス地域に自生するキナも、古くから利用されてきた薬用植物です。
キナの樹皮にはキニーネが含まれており、19世紀にはマラリア治療に利用されるようになりました。
キニーネは長くマラリア治療の重要な薬として使われてきた成分です。
<4-4>クソニンジン|古代中国の薬草からアルテミシニンへ
中国では古くから、「クソニンジン(Artemisia annua)」が薬用植物として利用されてきました。
20世紀、マラリア治療薬の研究を進めていた中国の研究チームは、伝統的な中国医学の文献にも目を向けます。
研究を率いた屠呦呦(トゥ・ヨウヨウ)らは、古い文献に記されたクソニンジンの利用法を手掛かりとして研究を進め、1971年に有効成分アルテミシニンを単離しました。
アルテミシニンは、その後のマラリア治療に大きな役割を果たし、現在WHOが推奨するアルテミシニン併用療法(ACT)の基盤となっています。
この研究によって屠呦呦は2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
<4-5>ニチニチソウ|身近な花から小児がん治療薬へ
庭先でも見かけることのある、可愛らしい花。
そんなニチニチソウから、現代のがん治療に使われる重要な薬が生まれています。
マダガスカル原産のニチニチソウ(Madagascar periwinkle)には、ビンクリスチンやビンブラスチンというアルカロイドが含まれています。
これらは細胞分裂に関わる微小管の働きを妨げることで、がん細胞の増殖を抑える作用を持つ抗がん剤です。
特にビンクリスチンは、現在も「小児急性リンパ性白血病(ALL)」などの治療に使われています。
<4-6>ヤムイモ|植物成分が避妊薬の開発につながる
最後は、少し意外な植物です。
熱帯・亜熱帯地域などで食用にもされてきたヤムイモ。
その一部の種類には、ジオスゲニンというステロイド系成分が含まれています。
この成分そのものが避妊薬として使われるわけではありません。
ジオスゲニンを出発物質として、ステロイドホルモン関連物質を合成できることが分かり、医薬品の製造に利用されるようになりました。
特にメキシコ産のヤムイモは、初期のステロイド系医薬品の原料として重要な役割を果たし、経口避妊薬をはじめとするステロイド系医薬品の開発にもつながりました。
【5】現代に受け継がれるフィトセラピー
現在では、フィトセラピーはヨーロッパだけでなく世界各地へ広がり、セルフケアやウェルネスの一つとして親しまれています。
また、植物由来の成分は化粧品や食品、サプリメントなどにも幅広く活用されており、私たちの生活の中で身近な存在となっています。
一方で、植物は天然だからといって必ずしも安全とは限りません。利用する植物の特徴や適切な使い方を理解することも、フィトセラピーでは大切にされています。
植物の力を科学と伝統の両面から見つめるフィトセラピーは、現代に受け継がれる植物療法の一つとして、これからも注目されていくでしょう。
