かつて夏の風物詩として親しまれてきた蚊取り線香。
その独特の香りと煙は、日本の夏を象徴する風景の一つでした。
しかし、その原料となった植物「除虫菊」が、実は日本原産ではないことをご存じでしょうか?
除虫菊の故郷は、アドリア海に面したクロアチアのダルマチア地方。乾燥した石灰岩質の土地に自生する一輪の白い花でした。
明治時代に日本へ伝わった除虫菊は、日本の気候や栽培技術と出会い、やがて世界初の渦巻き型蚊取り線香へと発展します。
そして現在では、除虫菊に含まれる天然の殺虫成分「ピレトリン」をもとにした成分が、世界各地の虫よけ製品や殺虫剤などに利用されています。
今回は、クロアチアで生まれた一つの植物が、どのように日本へ伝わり、蚊取り線香という形へ発展し、そして世界へ受け継がれていったのか?その歴史をたどってみましょう。
・【1】除虫菊とは?
・【2】日本で生まれた蚊取り線香
・【3】世界で受け継がれる除虫菊
【1】除虫菊とは?
除虫菊(じょちゅうぎく)は、キク科ヨモギギク属(Tanacetum)に属する多年草です。
「除虫菊」と呼ばれる植物にはいくつかの種類がありますが、蚊取り線香の原料として特に知られているのが、「シロバナムシヨケギク(Tanacetum cinerariifolium)」です。
初夏になると白い花を咲かせ、その花には「ピレトリン」と呼ばれる天然の殺虫成分が含まれています。
ピレトリンは、蚊やハエなどの昆虫に対して作用する成分として古くから知られ、除虫菊が天然の虫よけ植物として利用されてきた大きな理由となっています。
<1-1>天然の殺虫成分「ピレトリン」
除虫菊の花に含まれるピレトリンは、昆虫の神経系に作用する天然由来の殺虫成分です。
人や哺乳類に対する毒性は比較的低いとされていることから、古くから害虫対策に利用されてきました。
現在の家庭用殺虫剤などで広く使われている「ピレスロイド系殺虫成分」も、この天然のピレトリンを研究する中から生まれたものです。
つまり除虫菊は、現在の身近な虫よけ・殺虫技術にもつながる重要な植物だったのです。
<1-2>クロアチアで生まれた「虫よけの花」
除虫菊の原産地は、アドリア海に面したクロアチアのダルマチア地方です。
石灰岩が広がる乾燥した斜面や海沿いの土地に自生し、現地では「ダルマチアン・ピレスラム(Dalmatian Pyrethrum)」として知られています。
古くから花を乾燥させて粉末にし、住居や家畜小屋などにまいて、ノミやシラミ、蚊などの害虫対策に利用されてきました。
19世紀になると、その殺虫作用をもたらす成分「ピレトリン」がヨーロッパ各地で注目されるようになり、除虫菊は「ダルマチア産の虫よけ植物」として世界へ知られていきます。
現在では大規模な商業栽培はかつてほど盛んではありませんが、クロアチアでは野生種や伝統的な植物資源の保全も進められています。
除虫菊は、今もその故郷を象徴する植物の一つとして受け継がれています。
🔽【動画】除虫菊(Tanacetum cinerariifolium)
※「Pyrethrum Daisy」は、Tanacetum cinerariifolium(ダルマチア産除虫菊)を指す一般的な名称・商品名として使われています。
<1-3>なぜ日本へ伝わったのか?
明治時代、日本では西洋の農業技術や植物が積極的に導入されるようになりました。
その中で注目された植物の一つが、天然の殺虫成分を持つ除虫菊でした。
1880年代にはアメリカから種子が持ち込まれ、日本で試験栽培が始まります。
そこで分かったのが、日本の中にも除虫菊の栽培に適した土地があるということでした。
特に瀬戸内海沿岸は、温暖で雨が少なく、乾燥したダルマチア地方と似た気候条件を持っていました。
広島県、和歌山県、愛媛県などでは栽培が広がり、やがて日本は世界有数の除虫菊生産国へと成長していきます。
こうして日本に根付いた除虫菊は、やがて日本独自の「ある製品」へと姿を変えていくことになります。
【2】日本で生まれた蚊取り線香
日本で除虫菊の栽培が広がると、その花に含まれるピレトリンを利用した虫よけ製品が作られるようになりました。
その代表的なものが、現在も夏の風物詩として知られる蚊取り線香です。
<2-1>棒状から「渦巻き」へ
初期の蚊取り線香は、現在のような渦巻き型ではありませんでした。
細長い棒状の線香だったため、燃焼時間が短く、夜間に長時間使用するには十分ではないという課題がありました。
そこで1890年代、現在のKINCHOにつながる大日本除虫菊株式会社の創業者・上山英一郎が、より長時間使える蚊取り線香の開発に取り組みます。
現在広く知られている渦巻き型の誕生には、妻のゆきの提案がきっかけになったという逸話が伝えられています。
「棒を長くするより、渦巻き状にしてはどうか?」という発想から、線香を渦巻き状に成形することで、限られたスペースに長い燃焼時間を持たせることが可能になりました。
こうして誕生したのが、現在の蚊取り線香につながる渦巻き型蚊取り線香です。
一本の線香をただ長くするのではなく、「形を変える」ことで燃焼時間を延ばす。
このシンプルな発想が、日本独自の蚊取り線香を生み出しました。
<2-2>日本から世界へ広がった蚊取り線香
渦巻き型蚊取り線香は日本国内で普及しただけではありません。
電気やガスを必要とせず、火をつけるだけで長時間にわたって使用できるという特徴から、蚊の多い地域や電力インフラが十分でない地域でも利用しやすい製品でした。
そのため、やがて海外にも輸出され、アジアやアフリカなど世界各地へ広がっていきます。
蚊はさまざまな感染症を媒介することが知られているため、蚊を避けるための手段として、蚊取り線香は長く利用されてきました。
現在では、電気式の蚊取り器やスプレーなど、さまざまな虫よけ製品が登場しています。
それでも、火をつけるだけで使えるシンプルさと長い歴史を持つ渦巻き型蚊取り線香は、100年以上経った現在も世界各地で使われ続けています。
🔽【動画】蚊取り線香
<2-3>天然除虫菊から現代の蚊取り線香へ
かつての蚊取り線香では、除虫菊の花から得られる天然のピレトリンが重要な役割を果たしていました。
しかし、天然ピレトリンは光や熱などによって分解されやすく、安定した効果を長期間維持することには課題があります。
そこで、ピレトリンの構造を参考に、より安定性や持続性に優れたピレスロイド系殺虫成分が開発されました。
現在の蚊取り線香や家庭用殺虫剤では、こうしたピレスロイド系成分が広く利用されています。
つまり、現在の蚊取り線香は、昔ながらの「除虫菊そのもの」を主な原料としているわけではありません。
一方で、天然の除虫菊そのものにも価値があります。
天然ピレトリンは分解されやすいという特徴があるため、有機農業向けの殺虫剤や園芸用品、天然由来の虫よけ製品などに利用されています。
除虫菊は、昔の蚊取り線香の原料としてだけではなく、現代の虫害対策にもつながる植物なのです。
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【3】世界で受け継がれる除虫菊
除虫菊の歴史は、日本の蚊取り線香だけで終わりません。
20世紀になると、天然のピレトリンをもとに、より安定した効果を持つピレスロイド系の合成成分が開発されました。
これにより、除虫菊そのものを大量に使用しなくても、ピレトリンの特徴を生かしたさまざまな殺虫製品が作られるようになります。
しかし、これは天然の除虫菊が不要になったということではありません。
<3-1>天然ピレトリンを生み出す植物
天然ピレトリンには、化学合成されたピレスロイド系成分とは異なる特徴があります。
特に、環境中で分解されやすい性質から、有機農業で使用できる殺虫剤や、園芸向けの天然由来製品などで利用されています。
また、天然素材を求める人々からも注目されており、除虫菊は現在も有用な植物資源の一つとして扱われています。
こうした需要を背景に、除虫菊の栽培はクロアチアだけでなく、世界各地へ広がりました。
<3-2>世界有数の産地となったケニア
現在、天然ピレトリンの主要な生産地として知られている国の一つがケニアです。
ケニアの高地には、除虫菊の栽培に適した冷涼な気候の地域があります。
こうした環境を生かして栽培が広がり、ケニアは天然ピレトリンの重要な生産国となりました。
現在では、タンザニアやルワンダなども天然ピレトリンの生産を支える国として知られています。
つまり、クロアチアで生まれた除虫菊は、日本を経由して新しい製品を生み出しただけでなく、アフリカをはじめとする世界各地で栽培される植物へと広がっていったのです。
🔽【動画】ケニア:除虫菊(PYRETHRUM)
<3-3>一輪の花から世界の暮らしへ
クロアチア・ダルマチア地方の乾燥した土地に自生していた一輪の花。
それが海を越えて日本へ伝わり、日本の気候に適した土地で栽培され、やがて渦巻き型蚊取り線香という独自の製品へと発展しました。
さらに、その花に含まれる天然成分「ピレトリン」は研究され、現代のピレスロイド系殺虫成分の開発にもつながっています。
そして現在も、天然ピレトリンを生かした製品や有機農業、園芸などの分野で除虫菊は利用されています。
まとめ
除虫菊の歴史は、一つの植物が土地や文化、技術との出会いによって姿を変えながら、人々の暮らしに役立ってきた歴史でもあります。
除虫菊は薬草として利用される植物ではありません。
しかし、植物が持つ成分を人々の生活環境に生かしてきたという点では、世界に受け継がれてきた興味深い有用植物の一つといえるでしょう。
夏になると漂う、あの蚊取り線香の煙。
その向こうには、アドリア海沿岸の一輪の花から始まった、長い植物の物語があります。
