秋になると、野に揺れる草花の名前をあちこちで目にします。 その中でも「萩」と「荻」は、見た目も字形もどこか似ていて、 同じ植物のように思われることも少なくありません。
けれど、この二つの植物は、 日本では文学・暮らし・地名・家紋に深く結びつき、 中国では、萩は飼料・緑肥・薬用などに、荻は建材や生活用品などに利用されるなど、日本とは異なる実用的な役割を担ってきました。
似ているようでいて、文化の中での位置づけは大きく異なる。 萩と荻をたどることは、日本と中国の生活や感性の違いを知ることにもつながります。
植物から広がる文化の物語を、少しゆっくり見ていきましょう。
目次
・【1】植物:「萩」と「荻」
・【2】文学で見る萩と荻
・【3】荻は暮らしの草
・【4】絵の中の荻
・【5】地名に残る萩と荻
・【6】萩は家紋にも
・【7】おはぎの「萩」
・【8】中国の「萩」と「荻」
・【9】まとめ
【1】植物:「萩」と「荻」
まずは植物としての「萩」と「荻」を見分けましょう。
ここでは、植物の特徴+漢字の成り立ちをセットで理解できるように整理します。
<1-1>萩(はぎ)
萩はマメ科の植物。
細い枝をたくさん伸ばし、秋になると赤紫色や白色などの小さな花を咲かせます。
一本の大きな花が咲くというより、細かな花が枝いっぱいに散りばめられるように咲くのが特徴です。
草のようにも見えますが、分類上は木本植物。
山野や草原などに生え、庭木として植えられることもあります。
そして何より有名なのが、秋の七草。
萩は、「萩・尾花・葛・撫子・女郎花・藤袴・桔梗」の一つとして、古くから日本人に親しまれてきました。
🔽【動画】山形県:はぎ公園
<1-2>荻(おぎ)
荻は、イネ科の多年草。背が高く、細長い茎の先に穂をつけます。
見た目がススキに似ており、古くから混同されがちですが、荻は特に水辺・湿地・河原など湿った場所で見られる植物です。
風が吹くと、穂が一斉に揺れ、 その姿は秋の野原の風景を思わせると同時に、どこか寂しげでもあります。
🔽【動画】荻(おぎ)
<1-3>混乱させる漢字「萩と荻」
萩と荻は字形が似ているため混同されがちですが、漢字の成り立ち・意味・文化的背景がまったく異なるのがポイントです。
1)漢字「萩」の成り立ち
萩の漢字は 「艹(くさかんむり)」+「秋」 でできています。
- 艹(草冠)=植物
- 秋=“火”+“禾(穀物)”で、穀物が成熟する季節を表す
- つまり「秋に咲く草」=萩
萩が秋の代表的な花として古代から認識されていたことが、漢字の構造にもそのまま反映されています。
2)漢字「荻」の成り立ち
荻の漢字は 「艹(くさかんむり)」+「犬」 でできています。
ここで使われている「犬」は、古代の象形文字(甲骨文字)に由来する“動きのある動物”の象形です。
この「犬」には複数の解釈があり、
- 風に揺れる穂の“動き”を表した説
- 荻が風で音を立てる“音”を表した説
- 犬を音符として使った形声文字だとする説(中国の標準的理解) などが存在します。
いずれにせよ、荻の「犬」は犬の姿ではなく、古代象形に由来する記号であり、植物の特徴や発音を表すために使われたと考えられています。
🔽【動画】 「荻」と「萩」の読み方を間違えずに覚える方法
3)中国人も漢字見て混乱するのでしょうか?
中国でも「萩」と「荻」両方の字が使われています。
ただし、日本の「萩(はぎ)」に当たる植物は、中国語では一般に「胡枝子」と呼ばれます。
その為、中国語圏にも「萩と荻を混同しやすい」と説明する資料はありますが、日本のように「どっちだっけ?」と読み間違え易い定番の漢字として話題になるのかについては、はっきりした見解をつかめませんでした。
【2】文学で見る萩と荻
萩と荻は、どちらも秋を代表する植物です。
ところが、古典文学の中に入っていくと、二つの植物がまとっている空気は、かなり違います。
萩は「花」。
荻は「音」。
この違いを知ると、古典の中の秋が、少し違って見えてきます。
<2-1>萩は“花”を詠む
萩は、古代文学の中で圧倒的な存在感を持つ植物です。
特に『万葉集』では、約140首もの歌に登場し、植物の中でも突出した人気を誇ります。
1)なぜ萩はこれほど詠まれたのか?
萩は、秋の野に小さな花をたくさん咲かせます。 派手な大輪ではなく、細い枝に赤紫や白の花がこぼれるように咲く。 風が吹けば、枝も花も揺れ、儚く、移ろいやすい。
その姿が、古代の人々の心を強く引きつけました。
- 恋のはかなさ
- 別れの寂しさ
- 季節の移ろい
こうした感情を詠むとき、萩はぴったりの象徴だったのです。
🔽【動画】万葉集:秋萩
2)秋の七草の“顔”としての萩
山上憶良の有名な歌があります。
秋の野に 咲きたる花を 指折りかき数ふれば 七種の花
ここで挙げられた七つの草花が、現在の「秋の七草」のもとになりました。 その中でも萩は特に登場頻度が高く、「秋=萩」というイメージが古代から強かったことがわかります。
🔽【動画】「秋の七草」と 山上憶良の歌
3) 萩の文学的イメージ
- 花の美しさ
- 恋の象徴
- 儚さ・移ろい
- 秋の野の風景
萩は「見るもの」「愛でるもの」として文学に登場します。 つまり、萩は視覚の植物なのです。
<2-2>荻は“音”を詠む
一方の荻は、文学の中でまったく違う役割を担います。
荻はイネ科の植物で、背が高く、細長い茎の先に穂をつけます。 風が吹くと、その穂が一斉に揺れ、ざわざわと音を立てる。
古典文学では、この 風に揺れる荻の音 を、まるで“声”のように聞き取って表現しました。 これが、しばしば登場する 「荻の声」 です。
荻そのものが声を出すわけではなく、 秋風が荻を揺らして生まれる音を、 人の心に染み入る秋の気配として言い表した言葉 なのです。
1) 源氏物語
『源氏物語』夕顔巻では、秋の場面に「荻の声」が描かれます。
風が荻を揺らす音が、登場人物の寂しさや心の陰影を引き立てる役割を果たしています。
🔽【動画】 源氏物語と荻
2) 俳句
「荻の声」は俳句でも秋の季語として扱われ、 寂しさ・もののあわれ・秋の静けさを象徴します。
たとえば、松尾芭蕉の句として広く知られる次の句があります。
荻の声 身にしみて 秋風ぞ吹く
荻が風に揺れて立てる音が、秋風の冷たさとともに「身にしみる」と詠まれ、 寂しさ・もののあわれ・秋の静けさ を象徴する存在として描かれています。
荻は「見る植物」ではなく、 耳で感じる植物 として文学に登場するのです。
3) 荻の文学的イメージ
- 風の音
- 寂しさ
- もののあわれ
- 秋の静けさ
荻は「聞くもの」「感じるもの」として文学に登場します。 つまり、荻は聴覚の植物なのです。
🔽【動画】荻の特徴
【3】荻は暮らしの草
荻は、文学の中では「音の植物」として登場しますが、実際の暮らしの中では、もっと実用的な役割を担ってきました。
荻は水辺や湿地に群生し、まっすぐ長く伸びる丈夫な茎を持ちます。 この特徴から、古くから生活の道具として重宝されました。
<3-1> 奈良・平安
奈良・平安の頃には、荻はすでに生活素材として利用されていました。 特に湿地の多い地域では身近な植物として扱われ、
- 屋根材(茅葺きの材料)
- すだれ(簾)
- 俵・袋の材料
など、日常生活に欠かせない素材として使われていました。
荻はススキよりも柔らかくしなやかで、加工しやすいことから、 「水辺の村の生活を支える草」として親しまれていたのです。
<3-2> 江戸時代
江戸時代になると、荻は都市部でも利用されるようになります。
特にすだれや俵は大量に必要とされ、湿地の多い武蔵野台地(現在の東京西部)では荻の採取が盛んでした。
🔽【動画】江戸簾(えどすだれ)
※江戸簾の材料は、主に“竹・葦(よし)・薄(すすき)・荻(おぎ)”などのイネ科植物
<3-3>現代の荻
現代では、生活素材として荻が使われることはほとんどありません。
しかし、湿地の保全や自然観察の場では、
「昔の暮らしを支えた植物」として紹介されることがあります。
【4】絵の中の荻
荻は、絵画の中でも独特の存在感を放ちます。 風に揺れる穂の姿は、秋の静けさや寂しさを象徴するモチーフとして好まれました。
江戸時代の屏風絵や浮世絵では、秋の風景を描く際に荻がしばしば背景として登場します。 荻は「音の植物」であると同時に、絵画では “静けさを描くための草” として使われたのです。
荻が描かれた代表的な作品として有名なのが、 酒井抱一『秋草図屏風』(江戸後期)。
この屏風では、萩・薄・女郎花など秋草が描かれ、その中に荻も含まれています。 荻の穂が風に揺れるように描かれ、画面全体に「秋の静けさ」が漂います。
🔽【動画】 酒井抱一『秋草図屏風』
【5】地名に残る萩と荻
萩と荻は、地名にも深く刻まれています。
<5-1>萩:山口県萩市
萩市は、毛利家の城下町として栄えた歴史ある街。 名前の由来は、周辺に萩が多く生えていたことにあります。
萩市の武家屋敷は、白壁となまこ壁が美しいことで知られています。 この白壁の景観は、萩の淡い花色がよく映えるため、 「萩の花が白壁に映える城下町」として語られることがあります。
ただし、壁を白く塗った主目的は防火・防湿などの実用性であり、 「萩の花を美しく見せるために白壁にした」という説は、 文化的な解釈の一つとして紹介される程度です。
萩の花は、城下町の風景を彩る植物として親しまれてきました。
<5-2>荻:東京・荻窪
東京・荻窪は、かつて荻が群生していた土地。 湿地の多い武蔵野台地の自然を反映した地名です。
江戸の地誌『新編武蔵風土記稿』にも、 「荻の生える窪地」として記録されています。
さらに荻窪は、近代になると文学者が多く住んだ街として知られ、 与謝野晶子・与謝野鉄幹などがこの地に暮らしました。
🔽【動画】荻窪の昔
【6】萩は家紋にも
萩は家紋として非常に多く使われた植物のひとつです。
- 丸に並び萩
- 抱き萩
- 三つ萩
- 萩車
など、武家・公家問わず広く使用されました。
萩の小さな葉と花の形は家紋として図案化しやすく、 「秋の風情」「慎ましさ」「優雅さ」を象徴する植物として好まれました。

<6-1> 和歌の象徴としての萩紋
萩紋で特に知られているのが、 後醍醐天皇の皇子・宗良親王(むねよししんのう) の家紋です。
宗良親王は南北朝時代の歌人として名高く、 その家紋に萩が使われたことで、萩紋は “和歌・風雅の象徴” として親しまれるようになりました。
<6-2> 名家・細川家の「抱き萩紋」
萩紋は武家にも広く使われました。 中でも有名なのが、肥後熊本藩主 細川家 の「抱き萩紋」です。
細川家は茶道・文化人を多く輩出した名家で、 その家紋に萩が使われたことで、萩紋は “武家の品格と文化性を兼ね備えた紋” として知られるようになりました。
さらに、細川家の末裔には 細川護熙(ほそかわ もりひろ)元総理大臣 がいます。
細川家は「九曜紋」と「抱き萩紋」を併用しており、 萩紋は現代にまで受け継がれる家紋として知られています。
【7】おはぎの「萩」
おはぎは、秋に咲く萩の花に見立てた和菓子です。
おはぎ(ぼたもち)は、季節によって名前が変わる珍しい菓子で、
その呼び名には日本人の美意識や言葉遊びが深く息づいています。
1)春:ぼたもち(牡丹餅)
春の花・牡丹に見立てた名前。 丸く大きく作るのは、牡丹の豪華な花をイメージしたもの。
🔽【動画】「おはぎ」と「ぼた餅」の違い
2)秋:おはぎ(御萩)
秋の七草のひとつ「萩」に見立てた名前。 萩の小さな花のように、やや小ぶりに作るのが特徴。
🔽【動画】京都:老舗和菓子屋のおはぎ
3)夏:夜船(よふね)
「餅をつかない=つき知らず」 →「着き知らず」 →「夜船」 という江戸の言葉遊びから生まれた名前。
4)冬:北窓(きたまど)
「月知らず」 →「北窓」 という、こちらも江戸の言葉遊びから生まれた異名。
<7-1> おはぎは異名が圧倒的に多い和菓子
おはぎ(ぼたもち)は、和菓子の中でも特に異名が多いことで知られています。
- 牡丹餅
- 御萩
- 夜船
- 北窓
- 内緒餅(つき知らず)
- つき知らず餅
- 萩の花
- 母多餅(本朝食鑑)
江戸時代の言葉遊び文化が、 おはぎの多彩な名前を生み出したと言われています。
【コラム】命を救ったぼたもち伝説
おはぎ(ぼたもち)には、もうひとつ有名な逸話があります。
1271年、日蓮上人が処刑される直前、 「最後にぼたもちが食べたい」と願ったと伝えられています。
しかし小豆を炊く時間がなく、 代わりに 黄な粉とゴマ をまぶしたぼたもちを急いで作り、差し出しました。
その直後、処刑は中止となり、日蓮上人は命を救われた―― という伝説が残っています。
この出来事にちなみ、 日蓮宗では 9月12日に黄な粉ぼたもちを供える習慣 が今も続いています。
【8】中国の「萩」と「荻」
萩と荻は日本でも古くから親しまれてきた植物ですが、中国ではまた別の歴史と使われ方を持っています。
ここでは、中国での萩(胡枝子)・荻(芦/荻)の文化的・実用的な利用を、時代の流れに沿って整理します。
<8-1>中国|萩(胡枝子)
中国で萩は 胡枝子(hú zhī zi) と呼ばれ、古代から農業や生活の中で実用的な植物として扱われてきました。
1) 家畜の飼料(古代〜現代)
萩はマメ科で栄養価が高く、乾燥させても保存が効くため、 古代から現在まで 牛・羊・馬の飼料として広く利用されています。 農牧地帯では今も一般的な飼料植物です。
2)畑の肥料(古代〜現代)
萩の根には窒素固定菌があり、土壌を豊かにする性質があります。 そのため、中国では古くから 畑の土壌改良のために植える緑肥植物 として利用されてきました。 現代の農村でもこの使い方は続いています。
3)漢方薬(古代〜地域によって現代まで)
萩の葉・根・種子は、地域によって 漢方薬として利用されてきました。
効能としては、
- 解熱
- 利尿
- 皮膚の炎症の緩和
などが伝えられています。
萩は中国では「実用の草」として長い歴史を持ち、現在も地域によって生活の中で使われています。
4)軍用茶(古代)
中国では、胡枝子(萩)が古代に 「随軍茶(ずいぐんちゃ)」 と呼ばれ、 軍の携行用の茶代わりとして利用されたという記録があります。
胡枝子の葉は乾燥させると保存性が高く、 栄養価・薬効(解熱・利尿など)を持つことから、 遠征時の兵士が湯に浸して飲む“簡易茶”として使われたと伝えられています。
この利用法は地域の民俗資料に見られるもので、 胡枝子が古くから 生活・農業・薬用の幅広い用途を持っていたことを示す一例です。
<8-2>中国|荻(荻)
荻(Miscanthus sacchariflorus)は中国でも湿地に生える大型イネ科植物で、地域によって生活素材として利用されてきました。
1)生活素材としての利用(地域限定)
荻の茎は丈夫で乾燥しやすく、 地域によっては簾(すだれ)や簡易な屋根材、焚き付けなどに使われました。 同じ湿地植物である葦(芦苇)が広く利用されたのに比べると、 荻の利用は地域的・限定的なものでした。
2)民間薬としての利用
中国では、荻(Miscanthus sacchariflorus)の根を民間薬として利用したという地域的な記録があります。 その際に、利尿や清熱といった効能が語られることがあります。
ただし、「荻根」という名称が資料によってどの植物を指しているかに差異があり、 必ずしも荻(Miscanthus sacchariflorus)の根を指すとは限らない点には注意が必要です。
なお、中薬として広く知られる 「芦根(ろこん)」はヨシ(芦/Phragmites australis)の根茎 を指すものであり、 荻とは別の植物です。
まとめ
日本では、萩は秋の花として文学や家紋に登場し、 荻は風の音を伝える植物として詩歌や風景に描かれてきました。
一方、中国では、萩は家畜の飼料や緑肥、漢方薬として生活を支え、 荻は建材・紙・食用・楽器など、暮らしの道具として長い歴史を持っています。
同じ植物でも、国や時代が変われば役割も意味も変わる。 その違いを知ることで、 日本の秋の風景も、中国の農村の暮らしも、少し違った姿で見えてきます。
萩と荻は、文化の中に静かに根を張り、 人々の生活や感性を形づくってきた植物でした。
