馬頭観音と馬の供養文化──愛馬を想う祈りのかたち

ウェルネス 動物と歩む暮らし

馬は長いあいだ、日本人の暮らしを支えてきた大切な存在でした。 その馬への感謝や祈りは、さまざまな文化として今も残っています。 その象徴のひとつが 馬頭観音(ばとうかんのん) です。

日々の暮らしを穏やかに、心豊かに過ごすためには、 身体だけでなく「心のケア」も欠かせないと私たちは考えています。

これまで当サイトでは、 動物鍼灸ペットセラピーなど、 生きている「いま」を大切にするケアを紹介してきました。

その一方で、 大切な存在との別れをどう受け止め、どう癒していくかも、 心のウェルネスに深く関わるテーマです。

その視点から、 「ペット葬と供養は心のウェルネス」 「世界のペット供養とメモリアル文化」など、 “別れの時間がもたらす癒し”についても取り上げてきました。

そして今回のテーマは、 日本で古くから“働く仲間”として寄り添ってきた への祈りです。

本記事では、

  • 馬頭観音とはどのような存在か
  • その源流と日本での独自の発展
  • 馬がどのように祈られ、弔われてきたのか

をたどりながら、 愛馬を想う心がどのように受け継がれてきたのか を紹介します。

【1】 馬頭観音とは何か?

馬頭観音(ばとうかんのん)は、仏教における観音菩薩が変化した姿のひとつで、怒りの表情を浮かべ、頭上に馬の頭をいただくという独特な姿をしています。この怒りの表情は、苦しみや迷いを断ち切る強い慈悲の力を表しているとされます。

日本では古くから、

  • 馬の健康と安全を守る
  • 事故や病から守護する
  • 亡くなった馬の霊を慰める

存在として信仰されてきました。

農村では、馬は田畑を耕し、荷を運び、家族同然に暮らす大切な労働力でした。馬が病に倒れたり命を落としたりすることは、生活そのものを揺るがす出来事だったのです。そのため、馬頭観音は「生活を支える力を守る仏」として特別な位置を占めてきたのです。

【2】馬頭観音の起源と歴史的展開

2-1 インドにおける源流──ハヤグリーヴァとは何か

馬頭観音の源流は、古代インドの密教に登場する「ハヤグリーヴァ(Hayagrīva)」にあります。 ハヤグリーヴァはヒンドゥー教のヴィシュヌ神の化身で、馬の頭を持つ姿で悪魔に奪われた聖典ヴェーダを取り戻したという神話が起源です。

ここで整理しておくと、

  • 仏教:釈迦の教えを基盤とする宗教
  • 密教:仏教の中でも、呪法・象徴・儀礼を重視する後期の流れ(仏教の一部)

つまり、ハヤグリーヴァはヒンドゥー教の神として始まり、後に密教が発展する中で「仏教の守護尊」として取り入れられた、という順番になります。

インドでは馬が太陽・王権・戦いの象徴とされ、強いエネルギーを持つ存在と考えられていたため、ハヤグリーヴァは憤怒の姿で煩悩を断ち切る力の象徴として信仰されました。

2-2 中国への伝来と変化──存在はしたが民間には広がらず

ハヤグリーヴァの思想は、密教が広まる過程で中国にも伝わり、特に唐代には密教の隆盛とともに一定の信仰を集めました。 経典や図像の中には馬頭観音が確かに登場しますが、日本のように民間信仰として広がることはありませんでした。

その背景には次のような事情があります。

  • 馬は国家の軍事・交通を支える戦略資源で、個人が情緒的に供養する対象ではなかった
  • 祖先崇拝が中心の文化で、動物供養の発想が育ちにくかった
  • 「馬の守護」は、仏教ではなく道教の神々や英雄神が担うようになった
  • 観音信仰は「慈悲の観音(聖観音・千手観音)」が中心となり、忿怒相の馬頭観音は次第に影が薄くなった

こうした理由から、馬頭観音は「仏教図像としては存在するが、生活信仰にはならなかった」という位置づけになります。

2-3 日本での受容と独自の発展──生活に根ざした守護仏へ

馬頭観音は中国を経て日本に伝わり、奈良〜平安時代には「六観音」の一尊として受け入れられました。 日本では馬が交通・農耕・運搬に欠かせない存在だったため、馬頭観音は次第に生活に密着した守護仏として広まります。

特に江戸時代以降は、

  • 農耕馬・運搬馬の守護
  • 馬の病気平癒
  • 役目を終えた馬の供養塔

といった形で庶民の間に深く根づきました。

街道沿いや村の入口、峠道に建てられた馬頭観音の石碑は旅人や馬方の心の支えとなり、 「南無馬頭観世音菩薩」と刻まれた碑に線香や花を手向ける風習も広まりました。

ここには、馬を単なる労働力ではなく人生を支えてくれた存在として弔う日本独自の倫理観が表れています。

現代でも、競走馬・乗馬クラブの馬・愛馬の供養などに祀られ、 信仰は「動物供養」「交通安全」などへ形を変えながら続いています。

2-4 なぜ日本だけで信仰が残ったのか

インドでは仏教衰退とともに馬頭観音の信仰も消え、中国では観音信仰の中心から外れていきました。 一方、日本では馬が生活に密接に関わっていたため、馬頭観音は「実用的な守護仏」として独自の発展を遂げました。

地域ごとの役割をまとめると、次のようになる。

地域役割の特徴
インド煩悩を断つ象徴的存在(思想的な役割)
中国密教の一尊としては存在するが、生活信仰には広がらず
日本馬と共に生きる生活文化の中で、身近な守護仏として定着

インドでは輪廻転生と解脱が重視され、動物供養の発想はほとんどありませんでした。 さらに、ヒンドゥー教の復興やイスラム勢力の侵攻により仏教が衰退し、密教的な尊格も自然と姿を消していきました。

日本では、仏教と民間信仰が結びつき、動物にも御霊が宿ると考える神仏習合の世界観があったため、馬頭観音が生活の中に根づく土壌が整っていたのです。

【3】馬頭観音が祀られている場所と地域文化

3-1 馬頭観音が祀られている場所

日本各地には、かつて馬が生活の一部だった農村や、街道沿い、峠道の途中、宿場町の入口などに、旅の途中で倒れた馬を悼んだり、無事を祈って馬頭観音を祀った石碑や祠が今も数多く残っています。例えば、東北地方や関東の山間部では、道端にひっそりと佇む馬頭観音の石像を見かけることがあります。

また、寺院の本尊として祀られる例もあり、 長野県の善光寺や栃木県の馬頭観音堂などがよく知られています。 こうした場所では、今も供養や祭礼が続けられ、地域の文化として息づいています。

3-2 地域に根づく供養と祭り

● 宮崎県小林市「馬頭観世音祭」

1400年以上の歴史を持つとされる祭りで、毎年5月8日に開催。 家畜の安全、交通安全、地域の繁栄を祈願する神事が行われます。ここは畜産が盛んな地域で、牛馬が生活の中心でした。 観音像に新しい注連縄を飾り、守札や絵馬を配るなど、地域全体で準備が進められます。

● 鹿児島県日置市「湯之元馬頭観音馬踊り」

湯之元温泉街で毎年4月に行われる華やかなお祭り。 色鮮やかに飾られた鈴掛馬と踊り連が、太鼓や三味線の音に合わせて練り歩きます。明治25年に牛馬の供養と無病息災、五穀豊穣を願って始まり、 一時中断を経て昭和23年に復活。 馬への感謝と供養の心が地域文化として受け継がれていることがよくわかる祭りです。

【4】馬と人の関係の変化と、現代に残る馬頭観音の祈り

かつて馬は農耕・運搬・交通の中心であり、 馬と最も深く関わる場所は 厩(うまや) でした。 そのため、馬頭観音は厩の入口や壁面、敷地内に祀られることが多く、 日々の世話の中で馬の健康と安全を祈る“身近な守り仏”として親しまれていました。

しかし、農業の機械化や都市化が進むにつれ、 家庭や農家で馬を飼うことはほとんどなくなり、 昔ながらの厩は次第に姿を消していきました。

現在では、

  • 乗馬クラブの敷地
  • 個人の預託厩舎
  • ペット霊園
  • 動物病院の近く
  • 交通安全祈願の場

など、馬や動物に関わる場所に馬頭観音が祀られ、 「動物供養」や「交通安全」の象徴として新たな役割を担うようになりました。

ただし、昔のように馬頭観音が常設されていない場合があり、 乗馬クラブのマイホース制度で馬を所有する人や、 個人で馬を預託している人(厩に預けている人)といった、 “愛馬と暮らす層”が、愛馬の供養のために自ら馬頭観音像を購入して祀るケースも見られます。

【5】 馬頭観音像の造形

馬頭観音像は、時代や地域によって多様な姿を見せます。 材質や大きさには、その時代の技術や信仰のあり方が色濃く反映されています。

  • 石造(せきぞう):江戸時代以降、街道沿いや村の入口などに多く建てられた最も一般的なタイプ。 風雨に耐えるため、花崗岩や安山岩などの丈夫な石が用いられました。 庶民の手によって造立されたものが多く、素朴で力強い造形が特徴です。
  • 木彫(もくちょう):寺院の本尊として祀られる場合に多く見られ、木曽檜(きそひのき)などの良質な木材が使われます。 精緻な彫刻が施され、仏師の高度な技術が反映された芸術性の高い作品が多いのが特徴です。
  • 銅像・鋳造(ちゅうぞう):中世から近世にかけて、大寺院を中心に青銅製の馬頭観音像も造られました。 耐久性が高く、荘厳な雰囲気を持つのが特徴です。

庶民信仰の広がりとともに石像が増えた一方、寺院では今も木彫像が大切に守られ、 それぞれの時代の祈りのかたちを今に伝えています。

京都・松尾寺の馬頭観世音菩薩

5-1 木彫の馬頭観音像が“芸術性が高い”と言われる理由

馬頭観音像には石造・木彫・鋳造などさまざまな種類がありますが、 その中でも 木彫像は特に芸術性が高い と評価されています。

その理由は、素材と技術の両方にあります。

<理由1> 木材は“表現の自由度”が高い

木は石よりも柔らかく、細部の彫り込みがしやすいため、

  • 衣のひだ
  • 宝冠の装飾
  • 表情のニュアンス
  • 手の動き
  • 馬頭の造形

といった繊細な表現が可能になります。

仏師の技術がそのまま作品に反映される素材 といえるのです。

<理由2> 木曽檜は“仏像彫刻の最高級材”

木曽檜は、

  • 年輪が細かく均一
  • 乾燥しても狂い(反り・割れ)が少ない
  • 刃物の入りが美しく、細部の表現に向く
  • 香りが良く、防虫性が高い
  • 長期保存に耐える

という特徴を持ち、 古来より 神社仏閣・仏像の最上級材 とされてきました。法隆寺、伊勢神宮の建材にも使われいます。

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<理由3> 木彫像は“祈り+芸術”として作られてきた

石像が「祈りのための道具」として広まったのに対し、 木彫像は寺院で祀られるため、 祈りの対象であると同時に、芸術作品としての完成度も求められました。

そのため、木彫の馬頭観音像は、

  • 美しさ
  • 精密さ
  • 造形の深み

が際立ちます。

5-2 有名な木彫像

室町時代に作られた木造馬頭観音像は、新潟県十日町市や岐阜県中津川市の萬嶽寺などに現存しています。 いずれも檜材を用いた精巧な造りで、当時の仏師の技術と美意識を示す貴重な文化財です。

しかし、こうした木彫仏を制作できる仏師は年々減少しており、 木曽檜の確保も難しくなっていることから、技術継承と保存は大きな課題となっています。

■ 十日町市(新潟県)|木造馬頭観音坐像

新潟県十日町市に所蔵される「木造馬頭観音坐像」は、檜材を用いた三面八臂の坐像で、
高さ約36cmと小ぶりながら、衣のひだや装飾の細部まで丁寧に彫り込まれています。
肉身には金彩が施され、室町時代初期・応永10年(1403年)の作と伝えられています。
仏師「讃岐丸」によるものとされ、市の有形文化財に指定されています。

■ 岐阜県中津川市|萬嶽寺の木造馬頭観世音菩薩坐像

岐阜県中津川市・萬嶽寺に安置される「木造馬頭観世音菩薩坐像」も、檜材の寄木造による室町時代の作。 三面八臂の姿で、忿怒の表情の中にどこか慈悲を感じさせる造形が特徴です。

もとは天台宗・龍泉寺の本尊でしたが、戦火を逃れて萬嶽寺に移されたと伝えられています。 現在は岐阜県の重要文化財に指定されています。

どちらの像も、木曽檜のような良質な材と仏師の技術が結晶した貴重な文化財であり、
単なる信仰の対象にとどまらず、当時の人々の祈りや美意識を今に伝える芸術作品でもあります。

【6】 木曽檜と仏師文化──馬頭観音像を支える“素材と技”

馬頭観音像の中でも、特に木彫像に使われることが多いのが 木曽檜(きそひのき) です。木曽檜は長野県木曽地方を中心に産出され、 「木曽五木(ひのき・さわら・あすなろ・ねずこ・こうやまき)」の筆頭として知られています。

6-1 木曽地方に息づく木工・仏具職人の文化

木曽地方は豪雪地帯で、冬は農作業ができないため、 古くから「冬の木工」が発達してきました。

  • 木地師
  • 仏具職人
  • 神具職人
  • 木曽漆器の木地職人

など、木曽檜を扱う職人文化が今も残っています。これらの職人の中には、 仏像彫刻の技術を持つ者もおり、馬頭観音像の制作依頼に応じることもあります。

6-2 馬頭観音像を専門に彫る仏師がいない理由

馬頭観音像について調べていると、 「どこに依頼すればいいのか?」 「馬頭観音を専門に作る職人はいるのか?」 と不安になる人も少なくありません。

しかし、実は 昔も今も“馬頭観音だけを専門に彫る仏師”という職業はほとんど存在しません。 これは決して珍しいことではなく、歴史的な背景によるものです。

理由1:石像は“地域の石工(いしく)”が作っていた

馬頭観音は庶民信仰として広がったため、 道端・峠・村の入口などに置かれる 石碑タイプ が圧倒的に多く作られました。石像を作るのは 石工(いしく)=地域の石の職人。 寺院の仏像を彫る 仏師(ぶっし) とは役割が違います。つまり、 馬頭観音像の多くは“仏師ではなく石工が作っていた” という歴史があるのです。

理由2:木彫の馬頭観音は“寺院用”で数が少なかった

木彫像は寺院の本尊として作られるため、 数が限られ、依頼主も特定の寺院に限られていました。

  • 石像=庶民信仰(数が多い)
  • 木彫=寺院用(少数精鋭)

という構造があったため、 馬頭観音だけを専門にする仏師が生まれるほどの需要はなかった のです。

理由3:仏師は“観音像全般”を彫るのが普通

仏師は、依頼に応じてさまざまな仏像を彫ります。

  • 聖観音
  • 千手観音
  • 十一面観音
  • 馬頭観音
  • 不動明王
  • 地蔵菩薩

など、観音系・明王系・菩薩系を幅広く手がけるのが一般的です。

だから、 馬頭観音だけを専門にする仏師がいないのです。ですが、心配する必要はありません。 馬頭観音は、昔から“観音像のひとつ”として扱われてきたため、 観音像を彫る仏師であれば問題なく制作できます。


馬頭観音が語りかけるもの

馬頭観音は、
「人のために尽くした命を、どう見送るのか」
という問いを、静かに私たちに投げかけています。

それは宗教的な正解ではなく、
感謝し、忘れず、敬意をもって別れるという姿勢そのもの。

愛馬を想う気持ちは、
時代や国を超えて、
祈りや記憶のかたちとして受け継がれてきました。

この章が、
あなたと愛馬の関係を、あらためて見つめ直すきっかけとなれば幸いです。

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