動物鍼灸とは?
〜東洋医学の視点から見る、家畜とペットのケア〜
私たち人間と同じように、動物たちにも「気・血・水」の流れがあると東洋医学では考えられています。このバランスが崩れることで、痛みや不調、行動の変化が現れる――そうした視点に基づいて行われるのが「動物鍼灸」です。
鍼灸といえば人間の治療を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、実は動物にも「経絡」や「ツボ」が存在し、古くから家畜を中心に応用されてきました。特に中国では、馬や牛などの家畜に対する鍼灸治療の歴史が非常に古く、なんと数千年以上も前から行われていたと言われています。
私は鍼灸師として日々人の身体と向き合っていますが、獣医師ではないため、動物に対する専門的な治療経験や知識はありません。ただ、動物に関する鍼灸の映像や情報を目にするたびに、「東洋医学の可能性は人間だけにとどまらないんだな」と感じさせられます。
【1章】家畜から始まった動物鍼灸の歴史
<1-1>中国における家畜鍼灸
中国では、馬・牛・豚・鶏・鴨といった家畜に対し、鍼灸を含む伝統的な獣医療が発展してきました。特に馬は、農耕や戦、移動手段として極めて重要な存在だったため、ケガや疲労、消化不良などに対するケアが重視されてきました。
現代においても、競技馬のコンディション調整や、薬物使用を極力避けたいケースにおいて、補完的な選択肢として鍼灸が用いられることがあります。
👉【動画】真の達人は、動物にも鍼を打てる!象、豚、馬、ウサギ、犬
📌中国の動物鍼灸における主な考え方(流派的傾向)
- 中医獣医学的アプローチ
気・血・陰陽・五行といった人の中医学理論を動物に応用 - 中西医結合型アプローチ
西洋獣医学の診断をベースに、鍼灸を補助的に活用 - 経絡重視型
経絡(ツボの流れ)を中心に診断・治療を行う。特に馬や犬の運動器疾患に強い。特に馬や犬の運動器疾患に強い。
<1-2> 日本での家畜への鍼灸利用例
日本では昭和中期頃、農村部で「牛の乳量増加」や「分娩後の体調回復」を目的に、鍼灸的手法が試みられていた記録があります。現在では大規模に行われることは少ないものの、一部の酪農家や研究分野では、ストレス軽減や繁殖率向上の補助として注目されています。
<1-3>各国におけるペット鍼灸の広がりと背景
| 国・地域 | 主な対象 | 法的立場・資格 | 特徴・背景 |
| 🇨🇳 中国 | 家畜→ペット | 国家資格(中医獣医学) | 古代からの伝統あり。近年は都市部でペット鍼灸が増加中。 |
| 🇯🇵 日本 | ペット(犬・猫) | 獣医師のみ施術可 | 高齢ペットのQOL向上目的で注目。都市部に専門クリニックも。 |
| 🇺🇸 アメリカ | 犬・猫・馬 | 州ごとに異なる。獣医師+認定資格が必要 | リハビリや疼痛管理に活用。スポーツドッグや老犬ケアに普及。 |
| 🇩🇪 ドイツ | 犬・猫 | 獣医師+自然療法士 | ホメオパシーやハーブ療法と組み合わせるケースが多い。 |
| 🇦🇺 オーストラリア | 犬・馬 | 獣医師 | アジリティ犬や牧羊犬へのケアが進む。 |
| 🇰🇷 韓国 | 犬・猫 | 獣医師 | 韓医学とは別に、独自の動物鍼灸が発展中。 |
<1-4>動物鍼灸の教育と資格制度
動物鍼灸は国によって法的な扱いや教育制度が異なりますが、いずれも獣医師が中心となって施術することが基本とされています。私は獣医師ではないため、実際の現場での経験はありませんが、調べてみると興味深い制度がいくつか見つかりました。
たとえばアメリカでは、「IVAS(International Veterinary Acupuncture Society/国際獣医鍼灸学会)」という団体があり、獣医師向けに専門的な鍼灸教育を行っています。修了者には認定資格が与えられ、リハビリや疼痛管理の一環として動物鍼灸を行うことができます。
日本でも、いくつかの獣医系大学や研修機関で、東洋医学や鍼灸に関する講義や実習が行われており、高齢動物や慢性疾患への補完的アプローチとして注目されています。
【2】競技に関わる動物たちと鍼灸
競走馬やアジリティ犬は、「運動能力の維持・向上」が主目的で、一般的なペットケアや「家畜の生産性向上」とは少し目的が異なります。
<2-1>スポーツドッグの鍼灸
オーストラリアでは、アジリティと呼ばれる競技に出場する犬や、牧羊犬、警察犬など、日常的に高い運動能力を求められる犬が多く活躍しています。
アジリティというのは、ジャンプやトンネルなどの障害物を走り抜ける大会に出場する競技犬のことです。
こうした犬たちは、少しのコンディションの差がパフォーマンスに大きく影響します。そのため、筋肉の張りを整えたり、疲労を抜いたりする目的で、鍼灸が取り入れられることもあるようです。
<2-2>競走馬と鍼灸治療
ドーピングの厳しいチェックがある競走馬の世界では近年、鍼灸やマッサージといった東洋医学的なアプローチが注目されていて、いくつかの国ではすでに積極的に取り入れられています。
🇯🇵 日本 日本では、JRA(日本中央競馬会)に登録された獣医師の中にも、鍼灸やマッサージを専門とする人がいて、特に疲労回復や筋肉のこわばりの緩和、レース後のケアとして使われています。
🇺🇸 アメリカ アメリカでは「Equine Acupuncture(馬の鍼治療)」が獣医学の一分野として認められていて、認定資格を持つ獣医師が施術しています。特にカリフォルニアやケンタッキーなど競馬が盛んな州では、レース前後のコンディショニングとして利用されていることが多いようです。
🇦🇺 オーストラリア オーストラリアでも、競走馬のパフォーマンス向上や怪我の予防を目的に、鍼灸やマッサージが取り入れられていいます。特に「Equine Bodywork(馬のボディワーク)」という分野が発展していて、専門のセラピストがチームに加わっている厩舎もあるとか。
📌 どんな効果が期待される?
- 筋肉の緊張を和らげる
- 血流やリンパの流れを促進
- 精神的なリラックス効果
- 怪我の予防や回復のサポート
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【3】ペット医療として広がる動物鍼灸
一方で、ペットに対する鍼灸治療は比較的新しい分野です。中国では長らく「ペットを飼うことは贅沢」とされていたため、ペットへの鍼灸はあまり行われてきませんでした。しかし、20世紀に入り、アメリカを中心にペット鍼灸の研究が進み、日本でも徐々に広がりを見せています。
特に都市部では、自然に触れる機会が少ないペットたちがストレスを抱えやすく、それに起因する体調不良や行動異常が増えていると言われています。そんな中、鍼灸は副作用が少なく、自然治癒力を高める手段として注目されています。
犬や猫、ウサギなどに対しても、体の状態に合わせてツボを選び、細い鍼を用いて施術が行われます。
<3-1> 高齢ペットへの鍼灸と「やさしいケア」
高齢の犬や猫に対して、鍼灸は以下のような目的で用いられることがあります。
- 関節炎・腰痛の緩和
- 食欲や消化機能のサポート
- 認知機能低下への補助的ケア
- 不安・緊張の緩和
ここで重要なのは、**「治す」よりも「生活の質(QOL)を支える」**という視点です。
